４月３日　新宿・明治安田生命ホール「SWA CREATIVE TOUR VOL.3」

林家彦いち「真夜中の襲名」情念は◎
神田山陽「はだかの王様」
柳家喬太郎「路地裏の伝説」○
春風亭昇太「遠い記憶」○
三遊亭白鳥「奇跡の上手投げ」

　紀伊国屋の地下に潜り、こっそりカレーを食した後、西口に移動。ちなみにカレー屋には三橋敏雄の「いつせいに柱が燃える都かな」の色紙を飾っていた。
ＳＷＡの会、とは春風亭昇太が呼びかけ、当代新作落語のビッグ４に講談界の人気者、神田山陽を加えた五人で結成した会である。この五人が首を寄せ合って、噺を作り上げたり、ネタを練り上げ、高座にかける。当然のことながら凄い人気で、過去二回はチケットがあっという間に売り切れ、観ることができなかった。そこで、今度は昼夜二回公演となって、その夜の部に馳せ参じたのである。ロビーを見ると、あちこちの落語会などで頻繁に姿を見かける人たちがぞろぞろいる。そういう人がわかるようになってしまった自分もちょっとどうかと思うが、とにかく、濃い。「笑芸人」の会とはしごをしている人も少なくない。
　メンバー紹介のビデオが流れ、トップバッター彦いちが登場した。格闘技のようにポーズを決め、座布団に背負い投げをかけてから、高座に座る。今回のテーマは「同窓会」だそうで、動物園の飼育係のおじさんが、「俺は小学生の頃から飼育係を押し付けられて……」と述懐するところから、噺が始まる。では、この動物ふれあい広場の世話をしているおじさんが主人公で話が進むかと思いきや、おじさんが帰ったあと、真夜中の動物園にひとつの衝撃的なニュースが駆け巡る。それは「二代目カンカン襲名」。
　正直言って、この時点では、私は「カンカン襲名」は単なるくすぐりのひとつなのだろう、と考えていた。「しかも、ランランは弟が継ぐって。ありえねえ」と進んでも、「ライオンさんの後押しがあって」というフレーズが飛び出しても、いつ同窓会の話に戻るんだろ、と思って暢気に笑っていた（この時点では、タイトルは発表されていない）。ところが、戻らないのである。「カンカン襲名、納得いかねえよ！」という方向であくまでも突っ走るのである。この噺の主人公は、パンダウサギのぴょん吉。「パンダ一門の奴ら、レッサーパンダやパンダウサギを傍流扱いしやがって」「あんなゴロゴロ寝てるだけで何の芸もない奴に、どうしてカンカンが継げるのか」という義憤（？）にかられたぴょん吉、「動物園を支えているのは、直接、お客さんとふれあっている俺たち一匹一匹の動物じゃないか」との思いを胸に、直談判に訴え出る……。 　ちなみに彦いちは、木久蔵の弟子。八代目正蔵の孫弟子にあたります。いや、単なる一行情報ですが。
　お前は快楽亭ブラックか、と言いたくなるガチンコぶりに、客席（私も）は大いに沸いたが、噺としては難点が目についた。その一、誰が誰にしゃべっているのかわからない箇所が幾つも出てくる。新しい登場人物が出てきても、説明をしない。しない、というよりは、説明しなくては客にはわからない、ということそのものを忘れているのだろう。一例を挙げれば、ぴょん吉が抗議に出かけると、態度の大きいヤクザの親分みたいなのが出てくるが、どうやらそれが次期二代目カンカンらしい。説明がないから、らしい、としか言いようがない。つづいて、抗議を退けられたぴょん吉を慰める仲間が登場するけど、これも何の誰やら。そーゆーところを、喬太郎師匠とかがチェックしてあげて欲しい。切に願う。
　その二、ぴょん吉（たち）がカンカン襲名にそこまで怒る理由がよくわからない。致命的じゃん。でも、そうなのである。ストーリーとしての因果ラインがきちんと引かれていないのだ。たとえば、＜動物園がカンカンだけに肩入れして、ふれあい広場を縮小する＞とか、<リストラの噂がある＞とか、そういう「怒りの理由」が必要だろう。これらは、これまで聴いた「彦いち落語」にも共通する弱点である。しかし、今回はそれを補って余りある迫力を感じた。

　つづいて神田山陽。黄色い帽子をかぶって登場。にぎやかに枕を振って（結論は「みんなのペースを乱すのは、きまって白鳥」）本編に。同窓会の日、校門にどでかいリムジンが停まっている。誰が乗ってきたのかと聞いてみると、学生時代は目立たなかったアサノタクミくん。あ、この時点で、ちょっとネタバレですね。おとなしかった彼が、給食の時間、白身魚のフライが出て、いじめっ子に「お前だけ鮒のフライだ」とはやされ、キレる。その後、保健室に運ばれたアサノくんが、夢のなかでお侍に出会う……。
　山陽の新作を聴くのは二度目だが、二回とも感じたのは、ストーリーにまとまりが乏しい、ということ。必然性に対する考慮を欠いている、というか。昇太、喬太郎は言うに及ばず、白鳥ですらストーリーの流れやまとまりを重視していて、そこが混乱したり、何の話がしたいのかわからないということは、実はほとんどない（彦いちはしばしばある）。それは長い物語の一場面を語って一席とする講談と、とにもかくにもオチ、サゲをつけることを前提とする落語、というジャンルの基本性質と無関係ではないのかもしれん。

　そして喬太郎。父親の法事で実家に帰ってきた男が、かつての同級生たちと酒を酌み交わしている。話題はおのずと昔話になり、当時流行った怪談「風邪引くなおじさん」の話に。塾の帰り、細い路地を通ると、半袖半ズボンの小学生が向こうからやってくる。近づいてよく見ると顔は完全におじさんで、すれ違いざまに「風邪引くな」と囁く。振り返ると誰もいない。目撃談を互いに言い合ううちに、新たな真実が……。
　意外性、語りの構造、よく考えられていて、ミステリとしての味わいも楽しめる。彦いち、山陽と高テンションで沸きに沸かせたあとだけに、落ち着いた語り口も光った。絶妙の出番ですな。

　昇太の紹介ビデオが流れた時点で、休憩なしのノンストップ公演であることが判明。覚悟を決める。超モテモテ小学生だった男が、いまや誰にも相手にされない駄目サラリーマン。会社にクビを言い渡され、久しぶりに同窓会に顔を出したところ、というシンプルかつ完成度の高い噺。これもオチは早めに割れるが、手堅い。面白い。そのマンガ的な演じぶりで口当たりは良くなっているが、実は駄目社員、駄目親父、その怒り、その哀しみ、その孤独を描かせると、昇太は当代随一ではないか。

　そしてトリは白鳥。妻に人情噺もできないくせに、悔しかったら「紺屋高尾」でも演ってみなさいよ、と罵られて、今日の噺を作ったと前置きして、いきなりお父さんに粥を食わせる小学生タカオ君。なんというベタな。お父さんは元相撲取りでいまは居酒屋の店長。腰を痛めて起き上がれない父の代わりに、タカオ君はカウンターに立つ、って、これ、全然、同窓会と関係ないじゃん。白鳥のマイペースぶりが際立った。
　全体を見終わっての感想としては、熱量、質、そして動員力と、現在、日本最強の落語研究会なのではないか、と。彦いち師匠の名著『楽写』に、寄席がはねて打ち上げに行ってもまだ落語の話ばかりしている、というくだりがあったが、全員真打ちとなり、四十歳を過ぎても、顔を合わせば落語落語落語なんである、この人たちは。面白くないはずがない。